時間がない。
オレは一度吹雪さんの店に戻り、少年から奪ったバイクでヨハンの待つ出会った場所へ向かおうとした。
エンジンをかけようとしたその時・・・
「お巡りさん、あの女です!アイツが持ってるのが僕のバイクです」
さっきの少年が警察に通報して追跡していたなんて・・・。
「キミ、待ちたまえ!」
まずい・・・今、この場で事情聴取なんかで足止めされればユベルが危険だ。
「あ、逃げるな!待て!!」
バイクを諦め、追い駆けてくる警官を撒く。
警官を撒き切ったオレは大通りでタクシーに乗り込み、ヨハンの待つオレたちの出会いの場へ向かった。
間に合ってくれ・・・。
深夜だというのに三車線の道路を二車線潰した工事があり、思った以上に時間が掛かってしまった。
ヨハン・・・どこだ!
どこにいるんだ?
お前の誘い通り、オレたちが8年前に出会った場所にオレは着いた。
まだお互い学生だったオレたちが出会った学び舎。
共に笑い、泣き、すごしたこの場所でお前は最愛の弟までも狂気に染めるというのか。
どこで狂気を演じようとしている。
悪魔が狂気を演じる場所・・・舞台・・・。
オレは体育館へ向かった。
「ユベルっ!」
体育館の壇上に白い何かで、イスに括り付けられたユベルの姿が目に映る。
体育館の窓は全てカーテンが引かれ、壇上のユベルにだけスポットライトが当てられている。
趣味の悪い演出に寒気を感じながらも、オレはユベルのいる壇上へ歩み寄った。
!
「うあぁぁぁ――――――!!」
・・・。
・・・・・・。
信じ・・・られない・・・。
「クククッ・・・。クククククッ・・・十代・・・遅かったじゃないか。クックックック・・・」
壇上の裾からヨハンが姿を現し、笑いながらオレに話し掛けてくる。
ユベルはイスに包帯で括られ、胸の部分は真っ赤に染まっていた。
首は、項垂れていて身動きしない・・・。
「十代が遅いから待ち切れなかったよ・・・。でもさ、見れば十代にも分かるだろ?この美しさ・・・綺麗だろ・・・」
白い包帯で拘束され、身動きの取れないユベルに対して、胸の一点だけに焦点を合わせ、撃ち抜く・・・。
二人きりの兄弟。
ユベルは兄であるヨハンに生意気な口をききながらも、絶対的な信頼を寄せ、親愛していた。
街を歩けば誰もが気付いて振り向く程の人気タレントの兄。
優しく、頼もしいと、誇らしげに・・・オレにもよく、自慢話をしていた。
その自慢の兄が己の欲望を満たす為に弟である自分を拘束し、銃を突き付け放つなど・・・誰が考えてみても想像すら出来る筈がない。
だからこそ・・・ユベルは驚き、怯え、錯乱し・・・その姿にヨハンは快感を感じた。
己の欲望を満たす為だけに人を殺め、殺戮を繰り返し、最愛の弟をも躊躇なく牙を剥くなど正気の沙汰じゃない。
間違いであって欲しい・・・嘘であって欲しいと・・・。
・・・。
ヨハン・・・お前が狂気に走る理由か何かがあって、お前を狂わせているのだと信じていた。
信じたかった・・・。
なのに・・・何故・・・。
「十代〜、何してるんだよ。こっち来てよく見てみろよ。ほら・・・ほらぁ・・・クククッ・・・ククククククッ・・・」
ヨハン・・・お前は、本当に悪魔の化身なのか?
真実を突き止める為、不敵に笑うヨハンの元へオレはゆっくりと歩み出した。
「じゅ〜う〜だ〜い〜・・・クククッ・・・ククククククッ・・・」
ヨハン・・・お前は、いつも傍にいてくれた・・・。
15で出会い、共に笑い、苦しみ、時を過ごした。
共通する趣味があって・・・でも同じ夢を追い駆けていた訳じゃない。
だけど、ただ一緒にいて、互いに楽しく感じられたのはお前だけだった。
それがオレたちの絆だった。
身勝手なオレに振り回されながらもオレの身を案じ、無邪気に追い駆けてきた。
いつの間にか・・・お前がオレの傍にいてくれる事が当たり前のように感じていた。
デイビットに狙われ、殺され掛けていたオレを助け出してくれた。
名蜘蛛への呵責に苦しむオレを抱き締めて支えてくれた。
カイザーを失い、自暴自棄になっていたオレを優しく包み込んでくれた。
いつでもオレだけを見つめて、追い駆け・・・オレを抱き締め・・・キスをし・・・二人で体を交わし・・・お前の想いを純粋な愛と思い込み、お前の笑顔に潜む狂気に気付かず・・・オレは・・・お前を愛してしまっていた。
「十代〜・・・。ククッ・・・クククッ・・・。たまらないだろ・・・ほらぁ・・・ククッ・・・クククッ・・・」
・・・。
「ヨハン・・・、お前の本当の狙いは何なんだ・・・教えてくれ・・・」
少しずつ距離を狭めながら核心を問い掛ける。
「オレたち二人で最高の快楽を味わう為だろ?愛し合うオレたち二人だけで・・・」
殺戮を繰り返す事が快楽・・・。
ヨハン・・・お前がオレを支えてくれたのは・・・オレを見つめ続けてくれていたのは・・・お前の笑顔は・・・
「さぁ、十代・・・。早くここへおいで・・・。最高に火照った体をここで、互いに抱き締めて感じ合おう・・・」
欲望を満たす為の、偽りの仮面だったのか。
・・・。
・・・・・・。
オレは歩みを止め・・・、ヨハンにワルサーの照準を定めた。
「・・・何してんだ十代?狙う相手が違うだろ。オレたちは恋人なんだ。この場所で出会い・・・、親友として歩み・・・そしてオレたちは今、愛し合っている」
・・・。
「ヨハン・・・お前を・・・」
愛していた・・・。
しかし。
「・・・あの世で悔い改めるんだ」
「ククッ・・・ククククッ・・・」
ッ!
ヨハンが再び、不気味に笑い始めた。
「十代、オレを撃つって言うのか?ククッ・・・撃てっこない・・・十代には撃てない・・・十代に恋人は撃てない・・・。クックックッ」
「お前はオレの知ってる『ヨハン・アンデルセン』じゃない」
目の前にいるのはヨハンの仮面を着けた、己の欲望を満たす為に殺戮を繰り返す悪魔。
この悪魔を葬る事で、救われる人がいる。
オレが躊躇してしまえば、被害者が何人になるか分からない。
・・・。
これはオレの仕事。
オレが悪魔に魂を撃った、あの時から・・・交わされていた運命。
「十代・・・オレたちは・・・」
「ヨハン・・・お前が創った狂気の世界・・・」
「愛し合っているんだ!」
「滅ぼしてやる」
――――――バ・・・ッァァァァァ・・・ン!!!